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福岡高等裁判所 平成元年(ラ)96号 決定 1989年7月27日

抗告人(仮差押債権者) 日本薬業株式会社

右代表者代表取締役 笹山禮治

右代理人弁護士 安武敬輔

相手方(仮差押債務者) 医療法人邦正会

右代表者理事長 志田正夫

主文

一  原決定を取消す

二  抗告人において金五〇万円の保証を立てることを条件として、抗告人の相手方に対して有する金二三〇万三二〇〇円の医薬品売掛代金債権の執行を保全するため、右債権額に満つるまで相手方が所有する有体動産を仮に差し押える。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、本件仮差押申請の趣旨(主文第二項同旨)のとおりの裁判を求める。」というのであり、その理由は別紙抗告理由書記載のとおりである。

二  一件記録によれば、次の事実が疎明される。

1  相手方は医療法人であり、表記記載の住所地で通称益城明星病院を経営しており、関連病院としては玉名市に相手方代表者個人の経営する玉名明星病院がある。

2  相手方は、昭和六三年五月三一日及び同年六月一日に手形不渡処分を出し、その後同年九月に熊本地方裁判所に和議の申立をなしたが、未だ和議手続は開始されるには至っていない。

3  抗告人主張の被保全債権は、抗告人が同年一一月一二日と同月一六日に相手方に売り渡した医薬品売掛債権である。抗告人は右医薬品につき現金支払との約定で売り渡したが、その後の相手方の支払は、第三者振出の約束手形でなされた。同手形については更に相手方から支払期日延期の依頼があり、抗告人はこれに応じたが、同手形は結局不渡りとなった。

4  相手方は営業は続けているが、社会保険等診療報酬債権も他に譲渡されており、とくに抗告人が支払の当てにしている資産はない。

5  前記相手方代表者個人の営業する玉名明星病院も抗告人から医薬品の納入を受けたが、その支払をしなかったため、抗告人は代表者個人を相手方として熊本地方裁判所玉名支部に有体動産仮差押の申請をしたところ、同支部は同申請を認めて仮差押決定を発令した。

以上の事実が疎明される。

三  そこで、検討するに、抗告人は被保全債権たる売掛債権を有しているのであり、この債権の行使を妨げられるべき理由はない。抗告人は、相手方が手形不渡処分を受けた後で、しかも和議申請後に、特に要請されて、現金決済との特別の約定のもとに医薬品を売渡したにもかかわらず、相手方は、右約定を反古にしたものであり、潜在的に存していた保全の必要性は顕在化したというのが相当である。

成程、相手方は医療法人であり、既に前記のとおり和議の申立をしているものであるが、和議法には和議開始前に債権者が債務者に対して一般的な保全処分をすることを禁じた条項はない(かえって、和議法四〇条は和議申立後、開始決定前に保全処分がなされる場合のあることを前提とした条項といえる。)。また、和議手続は開始決定がされていない段階においては、申立人の一方的な取下げの意思表示によって消滅させることが可能であるから、本件仮差押を許さず、一方、和議申立が取下げられることになれば、その間に将来の執行の目的物となる財産が散逸、減少し、債権者の不安が具体化、現実化することも考えられるところである。他方、和議開始決定までの間に債権者からの個別の強制執行或は本件申請等の債権者による保全処分による執行によって、債権者の公平を害する結果が招来されたり、債務者において円滑な経営が継続できないというのであれば、債務者は当該裁判所に個別執行を禁ずる旨の和議法上の保全処分(和議法二〇条)を求めることも一応考えられるが、本件においてはかかる仮処分がなされたと認めるべき疎明はなく、また、抗告人の本件債権は、和議開始決定がなされれば和議債権となるものの、和議申立後に前記営業継続の必要から生じたものであり、その支払がなされることが債務者たる相手方の再建という和議の趣旨にかなうものであって(抗告人は医薬品を売渡したのであるから、その売渡対象である医薬品使用等の収益による支払を期待するのは当然であり、和議の成否は債務者の熱意のいかんによるが、申立後の医薬品代金が支払われないのでは債務者の再建は困難というほかない。)、抗告人が開始決定までに早期の保全処分と執行による回収を図るのは当然といえる(一般に和議条件では債務額の一部をかつ長期の分割で支払うこととされている。)。相手方が前記手形不渡処分を出していることからすれば、少なくとも相手方に担保余力のある不動産はなかったと推認され、診療報酬債権も前記のとおり抗告人らの債権の引当てと見込まれるものではないのであるから、抗告人が殊更に有体動産の仮差押を求めたとは言い難い。なお、本件記録によれば、相手方代表者本人は抗告人への支払をなそうとの努力をしているところ、一部債権者らがこれを妨害していることが窺えるし、不審な人物が相手方に介在していることも認められるから、和議申立中の債務処理に不正がなされる虞れもあり右も将来の執行困難を予想させる事実として評価できることなど、以上の諸事情を総合勘案すると、抗告人が本件仮差押をなすにつき、その保全の必要性がないとはいうことができない。

右のとおりであるから、抗告人の本件仮差押申請には被保全権利のみならず、保全の必要性もあるというべきである。

四  よって、本件仮差押申請を却下した原決定は不当であるから、これを取消し、抗告人に金五〇万円の保証をたてさせることを条件として本件仮差押申請を認容することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高石博良 裁判官 川本隆 牧弘二)

<以下省略>

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